専門分野 Field of expertise
保全生態学、保全遺伝学、送粉生態学
Conservation Ecology; Conservation Genetics; Pollination Ecology
研究キーワード Keyword
集団遺伝解析、絶滅危惧種、半自然生態系、Museomics、フィールド調査
endangered species; field survey; museomics; population genetic analysis; semi-natural ecosystems
主な研究テーマ
1.半自然生態系に生息する絶滅危惧種の減少要因の解明
里山、草原、ため池などの半自然生態系は、もともと人間活動と密接に関係している生態系です。しかし、20世紀以降の人間活動様式の変化により、半自然生態系の環境は世界的に悪化の一途をたどり、それとともに半自然生態系に生息する生物の多くが絶滅の危機に瀕しております。半自然生態系に生息する絶滅危惧種の保全のためには、減少要因の解明が非常に重要となりますが、減少要因の解明されている生物はわずかしかありません。そこで、半自然生態系に生息する生物 (主に植物や昆虫) について、それらの歴史や近年の環境変化 (土地管理方法、生息地面積など) が個体数や遺伝的多様性に対してどのような影響をもたらすかについて研究を実施しています。
参考文献
・Nakahama N, Uchida K, Ushimaru A and Isagi Y. 2018.
Historical changes in grassland area determined the demography of semi-natural grassland butterflies in Japan.
Heredity, 121: 155-168.
草原性蝶類コヒョウモンモドキ(タテハチョウ科)について、過去10000年間と30年間という異なるスケールで個体数変遷を推定しました。その結果、人間活動の活発化とともに草原が増加した3000-6000年前に個体数が増加したものの、草原が激減した過去30年間は個体数が大きく減少していました。
・Nakahama N, Uchida K, Ushimaru A and Isagi Y. 2016.
Timing of mowing practice greatly influences reproductive success and genetic diversity in endangered semi-natural grassland plant populations.
Agriculture, Ecosystems and Environment, 221:20-27.
草刈時期の異なる草原間でスズサイコ(ガガイモ亜科の草本植物)の繁殖成功と遺伝的多様性を比較したところ、開花結実期である7-9月に草刈がされた生息地で、繁殖成功と遺伝的多様性が減少していました。
(兵庫県の半自然草原)
2.絶滅危惧種の遺伝構造に配慮した絶滅危惧種の保全単位設定および遺伝的多様性回復手法開発
絶滅危惧種の個体数が減少してしまった場合、生他地域の野生個体の再導入がなされることがあります。しかし、遺伝的な地域性を無視した移動をすると、その生物が本来持っていた遺伝的固有性は大きく失われます (遺伝的撹乱、遺伝子汚染)。そこで、集団遺伝学的・系統地理学的アプローチにより、各地の生物の遺伝的地域性を調べることで、移動させてもよい地理的範囲 (保全単位) を明らかにしています。また、いったん減少してしまった絶滅危惧種の個体数や遺伝的多様性をどのようにすれば回復させることができるかについて、その手法の検討をしています。
参考文献
・Nakahama N, Hanaoka T, Itoh T, Kishimoto T, Ohwaki A, Matsuo A, Kitahara M, Usami S, Suyama Y, Suka T. 2022
Identification of source populations for reintroduction in extinct populations based on genome-wide SNPs and mtDNA sequence: a case study of the endangered subalpine grassland butterfly Aporia hippia (Lepidoptera; Pieridae) in Japan.
Journal of Insect Conservation, 26:121-130.
絶滅危惧蝶類ミヤマシロチョウについて、絶滅の可能性の高い集団と現存集団でMIG-seqとミトコンドリアDNA配列に基づいて遺伝的多様性と遺伝構造を解明しました。将来的に、絶滅集団への再導入を目指した研究です。
・Nakahama N and Isagi Y. 2018.
Recent transitions in genetic diversity and structure in the endangered semi-natural grassland butterfly, Melitaea protomedia, in Japan.
Insect Conservation and Diversity, 11: 330-340.
草原性絶滅危惧蝶類ウスイロヒョウモンモドキについて現在と20年前の遺伝構造を推定するとともに、遺伝的撹乱が起こる心配の小さい保全単位(個体の移動をできる範囲)を設定しました。
・Nakahama N, Hirasawa Y, Minato T, Hasegawa M, Isagi Y and Shiga T. 2015.
Recovery of genetic diversity in threatened plants through use of germinated seeds from herbarium specimens.
Plant Ecology, 216(12): 1635-1647.
博物館標本種子から発芽した個体を遺伝解析したところ、現在の野生集団にない対立遺伝子が見つかりました。これらの個体を野外に再導入した場合、野生集団の遺伝的多様性を回復できる可能性があります。
(草原性植物スズサイコ)
3.Museomicsからせまる、絶滅危惧種の保全遺伝学
博物館標本は、過去に採集された場所・時間の遺伝情報を内包するいわばタイムカプセルともいえます。絶滅危惧種の場合、人間活動による影響を受ける前のその種本来の遺伝情報にアプローチできることから、保全遺伝学上大いに役立ちます。しかし、標本中のDNAは劣化が進行していることから、従来の手法では遺伝情報の利用が難しいという難点がありました。近年はハイスループットシーケンサーの普及に伴い、海外を中心に標本の利用が盛んになっています。
博物館標本の分子情報を研究に活用する手法は、Museomicsと呼ばれています。こうしたMuseomicsのようなアプローチから絶滅危惧種の減少要因の推定、保全単位の設定などといった保全遺伝学的研究を実施することで、現在の生物情報のみでは知りえなかった様々なことが分かりつつあります。
参考文献
・Nakahama N. 2021.
Museum specimens: an overlooked and valuable material for conservation genetics.
Ecological Research, 36: 13-23.
保全遺伝学の材料として博物館標本に着目し、その利用方法などについて網羅的に解説した総説論文です。
・Nakahama N, Uchida K, Ushimaru A and Isagi Y. 2018.
Historical changes in grassland area determined the demography of semi-natural grassland butterflies in Japan.
Heredity, 121: 155-168.
草原性蝶類コヒョウモンモドキ(タテハチョウ科)について、過去10000年間と30年間という異なるスケールで個体数変遷を推定しました。その結果、人間活動の活発化とともに草原が増加した3000-6000年前に個体数が増加したものの、草原が激減した過去30年間は個体数が大きく減少していました。
(コヒョウモンモドキの標本(裏側)。
脚などからDNAを抽出できます)
4.ニホンジカ増加による生態系変化とその対策による回復効果
近年ニホンジカの全国的な増加により、動植物の多様性、ひいては生態系全体にまで被害が出ています。日本各地で頭数管理や防鹿柵の設置などといった様々な対策が行われていますが、そもそもシカの増加により生態系にどのような変化があるのか、また各地で講じられているシカ対策にどの程度効果があるのかについてはまだまだ知見が不足しているのが現状です。そこで、シカが増加した地域におけるシカの生活史、また植物と昆虫の動態や多様性について研究することで、シカの増加が生態系に対しどのような影響を与えているかについて研究をしています。また、シカ対策としての防鹿柵の設置が生物多様性の回復にどの程度効果的なのかについても研究を実施しております。
参考文献
・Nakahama N*, Furuta T*, Ando H, Setsuko S, Takayanagi A, Isagi Y. (Equal Contribution*) 2021.
DNA meta-barcoding revealed that sika deer foraging strategies vary with season in a forest with degraded understory vegetation.
Forest Ecology and Management, 484:118637.
京都大学芦生研究林において、ニホンジカの食性の季節変化をDNAメタバーコーディングによって明らかにしました。その結果、夏から秋は林冠から落下したと思われる枝葉を、冬から春は不嗜好性植物を摂食していることが分かりました。そのため、餌が乏しい森林内でも生存することができ、結果的に林床植生が回復できないことが示唆されました。
・Sakata Y and Nakahama N. 2018.
Flexible pollination system in an unpalatable shrub Daphne miyabeana (Thymelaeaceae).
Plant Species Biology, 33: 239-247.
同じく芦生研究林において、カラスシキミはシカが摂食しないために、もともとの生育地である林内から林縁に広げていました。林縁と林内で訪花昆虫相と繁殖成功を比較したところ、どちらも新たな生育地である林縁では大きく数を増やしていました。
(シカの増加により繁茂した不嗜好性シダ)
5.標本DNAからの遺伝情報の復元手法の開発
標本に含まれる過去の遺伝情報を復元することで、絶滅種の分子系統及び系統地理、絶滅危惧種の個体数の変遷の推定、環境変化に対する適応進化の検出が可能となり、分類学、生態学、進化学など多くの学問分野に貢献することができます。しかしながら、標本はDNAの劣化が激しいことから、これまで解析は非常に難しいとされてきました。そこで、標本からでも遺伝情報の復元が可能となるための手法を開発しています。また、DNAを保存可能な標本の作製手法についても現在研究をしております。
参考文献
・ Nakahama N, Isagi Y and Ito M. 2019
Methods for retaining well-preserved DNA with dried specimens of insects.
European Journal of Entomology, 116: 486-491.
DNAを劣化させずに長期間保管できる昆虫の乾燥標本の作製方法を開発しました。
・Nakahama N and Isagi Y. 2017.
Availability of short microsatellite markers from butterfly museum and private specimens.
Entomological Science, 20: 3-6.
蝶類の乾燥標本の集団遺伝学的解析には、PCR産物の短いマイクロサテライトマーカーが有用であることがわかりました。この手法により、30年前に採集された標本からも80%以上で集団遺伝学的解析を行うことに成功しました。
(コヒョウモンモドキの標本)
6.絶滅危惧植物の送粉生態学的研究
日本列島にはおよそ7,000種もの植物種が分布していますが、残念なことに4種のうち1種が絶滅危惧種に指定されております。しかし多くの種では生活史情報が不足していることから、有効な保全施策を計画する際の障壁となっています。そこで保全施策の策定のために絶滅危惧植物の送粉者相や繁殖様式など、基礎的知見の蓄積をしております。さらに、送粉者相の変化が植物の繁殖に与える影響についても併せて研究を実施しております。
参考文献
・中濵直之, 丑丸敦史, 井鷺裕司.2013. 兵庫県宝塚市西谷地区における準絶滅危惧種
スズサイコ Vincetoxicum pycnostelma Kitag.の繁殖特性及び訪花昆虫相.
地域自然史と保全.35 (2) : 115-123
スズサイコが自家不和合性を明らかにし、 また本種の近年の減少に訪花昆虫がどのように関わっているかを考察しました。
・Nakahama N, Miura R. and Tominaga T. 2013. Preliminary Observations of Insect Visitation to Flowers of Vincetoxicum pycnostelma
(Apocynaceae: Asclepiadoideae), an Endangered Species in Japan. Journal of Entomological Science, 48 (2) : 151-160.
スズサイコの訪花昆虫が鱗翅目に属する夜行性の蛾類であることを明らかにし、また体サイズの計測から送粉に適した昆虫の分類群を考察しました。
・ Suetsugu K, Nakahama N, Ito A and Isagi Y. 2019.
Time-lapse photography reveals the occurrence of unexpected bee-pollination in Calanthe izuinsularis, an endangered orchid endemic to the Izu archipelago.
Journal of Natural History, 51 (13-14): 783-792.
伊豆諸島の固有種ニオイエビネは、その花形態から蛾による送粉が考えられてきました。実際に蛾の訪花は多数観察されましたが、花粉塊を運んでいたのは昼行性の小型ハナバチでした。
(スズサイコの訪花昆虫)
7.地域生物相の解明
日本国内の各地域における生物相 の情報は徐々に蓄積がされておりますが、まだまだ生物相の情報が少ない地域も数多く存在します。そうした地域で生物相を調査し、標本と分布情報の蓄積をおこなっております。
参考文献
・中濵直之, 瀬口翔太, 藤本将徳, 有本久之, 伊藤建夫, 藤江隼平, 高柳敦. 2019.
京都大学芦生研究林で2008年から2016年まで採集された甲虫類.
大阪市立自然史博物館研究報告, 73: 91-106.
京都大学芦生研究林では21世紀以降、シカの食害やナラ枯れなどにより環境が大きく変化しました。本研究では、2008年以降に採集された甲虫類を報告いたしました。
・速水将人, 岩崎健太, 新田紀敏, 中濵直之. 2019.
北海道更別村の防風林で絶滅危惧種ヤチカンバ集団を発見.
The Journal of Japanese Botany, 94: 117-122.
これまで湿原でしか発見されていなかった絶滅危惧種ヤチカンバについて、防風林内での生育を発見いたしました。
(京都府由良川源流域)